キャラで覚える古文単語《キャラ単365》

古文単語と友だちになろう

365人目《遊び友だち》【あそび】御あそび始まりて、またいとおもしろし。

管弦の御遊びが始まって、これもたいそう趣がある。

『源氏物語』若菜・上

あそび【遊び】

宴席
管弦の遊び
遊戯
遊女

解説

<名詞>

  • 山野での行楽、狩り、酒宴などの楽しみ。
  • 詩歌・管弦・舞などの楽しみ。
  • 遊戯、娯楽。
  • 遊女。

<関連語>
こと【琴】名詞→琴・筝(そう)・和琴(和琴)・琵琶などの弦楽器の総称。
▶ふえ【笛】名詞→①管楽器の総称。②横笛。
▶うた【歌・唄】名詞→①節をつけて歌うものの総称。②和歌の総称。③唐歌の略。漢詩。
▶うたあはせ【歌合はせ】名詞→歌人たちが左右二組に分かれて、歌を詠み優劣を競った平安時代の遊び。菊に歌を添える「菊合はせ」などもあった。

宴席

『万葉集』巻五835

春さらば逢はむと思ひし梅の花今日のあそびにあひ見つるかも

『万葉集』巻五835
現代語訳

春になったら逢いたいと思っていた梅の花に、今日の 宴席で逢うことができたなあ。

管弦の遊び

『源氏物語』若菜・上

あそび始まりて、またいとおもしろし。御琴どもは、春宮よりぞ調へさせたまひける。朱雀院よりわたり参れる琵琶、琴。内裏より賜はりたまへる箏の御琴など、皆昔おぼえたるものの音どもにて、めづらしく掻き合はせたまへるに、何の折にも、過ぎにし方の御ありさま、内裏わたりなど思し出でらる。

『源氏物語』若菜・上
現代語訳

管弦の御遊びが始まって、これもたいそう趣がある。御琴類は、東宮が御準備あそばされたものである。朱雀院から譲りお受けした琵琶、琴。帝から頂戴いたした箏の御琴など、みな昔を思い出させる音色で、めったになく合奏なさると、どの演奏の時にも、過去のご様子や、宮中での出来事などが自然とお思い出される。

遊戯・娯楽

『徒然草』百三十・物に争はず、おのれをまげて

物に争はず、おのれをまげて人に従がひ、我が身を後にして、人を先にするにはしかず。


よろづのあそびにも、勝負を好む人は、勝ちて興あらんためなり。おのれが芸の勝りたる事をよろこぶ。されば負けて興なく覚ゆべき事、又知られたり。我負けて、人をよろこばしめんと思はば、更にあそびの興なかるべし。人に本意なく思はせて、わが心を慰まん事、徳に背けり。


陸しき中に戯るるも、人をはかりあざむきて、おのれが智のまさりたる事を興とす。これ又、礼にあらず。されば、始め興宴よりおこりて、長き恨みを結ぶ類多し。これみな、争ひを好む失なり。


人に勝らん事を思はば、ただ学問して、その智を人にまさらんと思ふべし。道を学ぶとならば、善にほこらず、輩に争ふべからずといふ事を知るべき故なり。大きなる職をも辞し、利をも捨つるは、ただ学問の力なり。

『徒然草』百三十・物に争はず、おのれをまげて
現代語訳

物事において争わず、自分を曲げて人に従い、自分の身は後にして、人を先にするに越したことはない。


いろいろな遊戯の中でも、勝負事の好きな人は、勝って愉快な気持ちになろうとしてするのである。自分の腕前が勝っていることを喜ぶのだ。そうであれば、負けて面白くないと思う事も、また(あろうと)知られる。自分は負けて、人を喜ばせることを思えば、まるで遊戯の楽しさはないはずである。人に残念に思わせて、自分の心を慰める事は、徳に背いている。


仲の良い関係の中に戯れていても、人をだまして、自分の知恵が勝っている事を喜ぶのである。これもまた、礼儀がなってない。そうであれば、最初は楽しみから始まったことでも、ついには長い恨みを持つようなことは多い。これらはすべて、勝負事を好むことの弊害である。


人に勝ろうと思うなら、ただ学問して、その知恵を人にまさろうと思うべきだ。道を学ぶというなら、自分の長所におごり高ぶらず、仲間と争ってはならないという事を知るべきだからである。
立派な地位や名誉も辞退して、大きな利益をも捨てるのは、ただ学問の力である。

『梁塵秘抄』

あそびをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
わが身さへこそ揺るがるれ

『梁塵秘抄』
現代語訳

遊びをしようと生まれてきたのだろうか。
戯れをしようと生まれてきたのだろうか。
遊んでいる子どもの声を聞くと、私の体まで動き出すよ。

誰かに話したくなる古典知識

『徒然草』百三十・物に争はず、おのれをまげて

学問のすすめ

『徒然草』百三十・ 物に争はず、おのれをまげての「人に勝らん事を思はば、ただ学問して、その智を人にまさらんと思ふべし」人に勝ろうと思うなら、ただ学問して、その知恵を人にまさろうと思うべきだといわれると、「そんなこと、わかってるよ」と言われてしまいそうです。今の時代は、そもそも他人に勝とうとしなくていい時代かもしれません。他人と比べるためではなくて、自分が楽しむために学問を続けていくことができたら、それは最高の贅沢だと思います。

ごあいさつ

ありがとうございました

今回で、最終回です。
皆さま、長い間、本当にありがとうございました。

このブログをはじめたきっかけは、一冊の本との出会いでした。それは、古文でなくて、英語の単語帳です。実は、もともと英語が苦手で、Z会の『速読英単語』のおかげで、なんとか受験レベルに追いついたという経験があります。

古文でも同じようなことができないだろうかと、単語帳を作ろうと思って始めたのが、このブログです。何もわからないところからのスタートでしたが、365という具体的な目標があれば、何とかやり通せるだろうという気持ちで始めました。

初めは、自分でイラストも描こうかと思っていたのですが、あまりの稚拙さに断念。AIのめざましい進展のおかげで、思っていた以上のイラストを生成してくれました。

また、ブログや文献などたくさんの資料を参考にさせていただきました。深く感謝申し上げます。学会に所属していなくても、図書館に探しに行くこともなく、無料で専門家の論文が読める、ありがたい時代になりました。引用したものは、できるだけ出典を明記しましたが、ぜひ、ご自身でも検索してみてください。

読者の皆様の存在は、大きな励みとなりました。おかげさまで、なんとか最後までゴールすることができました。
重ねて深く御礼申し上げます。

本当に古文の世界が楽しめるのは、大人になってからだと思います。受験だけで終わらせてしまうのはもったいないです。これからも古文の世界を楽しんでくださる方がいらっしゃれば、たいへん嬉しく思います。

「遊びをせんとや生まれけむ」学びは最高の遊びです。

キャラ紹介

遊び友だち

あそび【遊び】

宴席。 管弦の遊び。 遊戯。 遊女。

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今後とも記事の修正、イラストの差し替えなどは継続しておこなっていく予定です。
引き続き、ご利用ください。

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ブログで取り上げた古文単語の要点をコンパクトにまとめていく予定です。毎日、投稿していきますので、ぜひ、遊びに来てください。

364人目《順序友だち》【ついで】ついで悪しき事は、人の耳にもさかひ、心にもたがひて、その事ならず。

順序が悪いことは人の耳にも逆らい、心にもあわず、そのことは成就しない。

『徒然草』一五五・世に従はん人は

ついで【序】

順序
機会

解説

<名詞>

  • 物事の順序。順番。
  • 機会。おり。場合。

<関連語>
▶ついでに【序に】副詞→その機会を利用して。その折に合わせて。
▶ついでなし→きっかけがない。特に理由がない。
▶ついで【次いで】接続詞→「つぎて」のイ音便。つづいて。それからまもなく。(漢文訓読体の文章に用いられる)

順序

『徒然草』一五五・世に従はん人は

世に従はん人は、先づ機嫌を知るべし。ついで悪しき事は、人の耳にもさかひ、心にもたがひて、その事ならず。さやうの折節を心得べきなり。但し、病をうけ、子うみ、死ぬる事のみ、機嫌をはからず、ついで悪しとてやむことなし。生・住・異・滅の移りかはる、実の大事は、たけき河のみなぎり流るるが如し。しばしもとどこほらず、ただちに行ひゆくものなり。されば、真俗につけて、必ず果し遂げんと思はん事は、機嫌をいふべからず。とかくのもよひなく、足をふみとどむまじきなり。


春暮れてのち夏になり、夏果てて秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、夏より既に秋は通ひ、秋は即ち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり梅もつぼみぬ。木の葉の落つるも、先づ落ちて芽ぐむにはあらず。下よりきざしつはるに堪えずして落ちるなり。迎ふる気、下に設けたる故に、待ちつるついで甚だはやし。生・老・病・死の移り来る事、又これに過ぎたり。四季はなほ定まれるついであり、死期はついでを待たず。死は前よりしも来らず、かねて後に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つこと、しかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。

『徒然草』一五五・世に従はん人は
現代語訳

世間に順応しようとする人は、まず時機というものを知るべきである。順序が悪いことは人の耳にも逆らい、心にもあわず、そのことは成就しない。そのような時機を心得るべきである。ただし、病気にかかり、子を産み、死ぬことだけは、時機をはからず、順序が悪くても止まることはない。万物が生じ、留まり、変わり、消滅するという四相の移り変わりの大事なことは、勢いの激しい川がみなぎり流れるようなものだ。少しも滞ることがない。すぐに実現していくものである。そうであれば、出家していようと、俗世間にいようと、必ずやり遂げようと思うことは、時機を言ってはならない。あれこれ準備などしない、踏みとどまっているべきではない。


春が過ぎた後に夏になり、夏が終わって秋が来るのではない。春はそのまま夏の気配を引き起こし、夏の間からもう秋は入り混じり、秋はすぐに寒くなり、旧暦十月の冬は、春を思わせるような天気で、草も青くなり、梅もつぼみをつける。木の葉の落ちるのも、先に葉が落ちて芽が出てくるのではない。内部から芽吹くのに押されて、古い葉が落ちるのである。変化を迎える気というものは、内部で準備しているのだから、変化を待ち受ける手順は極めて速い。生れること、老いること、病気、死去が移り来る事は、また、季節以上に速い。四季はそれでも決まった順序がある。しかし、人の死期は順序を待たない。死は前からばかり来るものではなく、いつの間にか、後ろに迫っている。人は皆、死ぬことを知っていて、待っていても、それほど差し迫った状態でない時に、自覚なしにやって来る。沖の干潟は、はるかに遠いけれども、足元の磯から潮が満ちるのと同じである。

機会・おり

『源氏物語』橋姫

この阿闍梨は、冷泉院にも親しくさぶらひて、御経など教へきこゆる人なりけり。京に出でたるついでに参りて、例の、さるべき文など御覧じて、問はせたまふこともあるついでに、 「八の宮の、いとかしこく、内教の御才悟り深くものしたまひけるかな。さるべきにて、生まれたまへる人にやものしたまふらむ。心深く思ひ澄ましたまへるほど、まことの聖のおきてになむ見えたまふ」と聞こゆ。 「いまだ容貌は変へたまはずや。俗聖とか、この若き人びとの付けたなる、あはれなることなり」などのたまはす。

『源氏物語』橋姫
現代語訳

この阿闍梨は、冷泉院にも親しくお仕えして、御経などお教え申し上げる僧なのであった。(僧は)京に出た機会に(冷泉院に)参上して、いつものように、しかるべき教典などを御覧になって、お尋ねになることがあるおりに、 「八の宮は、たいそう聰明で、教典のご学問にも深く通じていらっしゃいます。そのようになるように、お生まれになった方なのでしょうか。お考えが深く悟り澄ましていらっしゃるほどは、本当の聖の心構えのようにお見受けいたします」と申し上げる。 「まだ出家していらっしゃらないのか。俗聖だとか、ここの若い人達が名付けたというのは、殊勝なことだ」などと(冷泉院は)仰せになる。

関連語

ついでに▶この機会に

『徒然草』一三六・医師篤成、故法皇の御前にさぶらひて

医師篤成、故法皇の御前にさぶらひて、供御の参りけるに、「今参り侍る供御の色々を、文字も功能も尋ね下されて、そらに申し侍らば、本草に御覧じあはせられ侍れかし。ひとつも申しあやまり侍らじ」と申しける時しも、六条故内府参り給ひて、「有房ついでに物習ひはべらん」とて、「まづ、しほといふ文字は、いづれの偏にか侍らん」と問はれたりけるに、 「土偏に候」と申したりければ、「才のほど既にあらはれにたり。いまはさばかりにて候へ。ゆかしきところなし」と申されけるに、とよみになりて、まかり出でにけり。

『徒然草』一三六・医師篤成、故法皇の御前にさぶらひて
現代語訳

医師の篤成が、故法皇の御前にお控えして、お召上がりになる物(薬)が参った時に、
「今参ります御薬の品々を、(法皇が)文字も効能もお尋ねくださり(私が)そらに申しましたら、書物に照らし合わせて御覧になってくださいまし。ひとつも間違えずに申し上げます」
と申した、まさにその時、六条内大臣(源有房)が参上なさって、
「(私)有房もこの機会にひとつ教えていただきましょう」
と言って、
「まず、しほという文字は、何偏でしょうか」
とご質問になったので、
「土偏でございます」
と(篤成が)申したところ、
「あなたの才覚の程は既にはっきりしました。今はその程度なのですね。興味がひかれるところはない」
と(有房が)申されたので(つまらない答えだったので)どっと大笑いとなって、(恥をかいた篤成は)退出してしまった。

誰かに話したくなる古典知識

『徒然草』一三六・医師篤成、故法皇の御前にさぶらひて

しほといふ文字は、いづれの偏にか侍らん

『徒然草』 一三六の「しほといふ文字は、いづれの偏にか侍らん」と聞かれて、「塩」の土編と回答するのは、たしかに、若い人と漢字の勉強をしている時なら、それでいいと思います。しかし、ここは、大人の貴族たちが、機知に富んだ洒落た会話を楽しむ場所です。そう考えると、「しほ」というのは、単に「塩」のことだけではなくて、掛詞になっていた可能性があります。

酒を何度も醸造して、醸造しなおして芳醇にするときの回数を数える時に、しほ【入】という接尾語を用います。「八しほ」「千しほ」などの形で、たくさん回数を重ねたことを表します。

解答例

「しほといふ文字は、いづれの偏にか侍らん」と聞かれたら、漢字の偏ではなくて、何回と数える時の「遍」を使って、「八遍」とでも答えておくのが、洒落た答えだったような気がします。「八回醸造しました」つまり「八しほ醸造しました」となって、「何度も繰り返し醸造しました」という意味になるからです。

実は、この直前の『徒然草』一三五・ 資季大納言入道とかや聞えける人も、トンチ話です。この流れで、難しい漢字の知識の有無を笑うというよりは、ユーモアのセンスのない人を笑うと解釈した方が、自然だと思います。

キャラ紹介

順序友だち

ついで【序】

順序。機会。

363人目《現実の友だち》【うつつ】今や夢昔や夢とまよはれていかに思へどうつつとぞなき

今が夢なのか、昔が夢なのかと、思い迷われて、どう考えても、現実という気がしません。

『建礼門院右京大夫集』大原まうで

うつつ【現】

現実
正気

解説

<名詞>

  • 現実。(夢に対して)目の覚めている状態。
  • 意識の確かな状態、正気。

現実

『伊勢物語』六九・狩りの使ひ

女のもとより、詞はなくて、


君や来しわれやゆきけむおもほえず夢かうつつか寝てかさめてか


男、いといたう泣きて詠める、


かきくらす心の闇にまどひにき夢うつつとは今宵定めよ


と詠みてやりて、狩りに出でぬ。

『伊勢物語』六九・狩りの使ひ
現代語訳

女の所から、手紙の文章はなくて、


あなたがやって来たのか、私が行ったのか、わかりません。夢だったのか、現実だったのか、寝ていたのか、目覚めていたのか。


男が、たいそうひどく泣いて詠んだ歌。


悲しみに心を暗くして闇の中で迷ってしまいました。夢か現実かは、今夜決めてください。


と詠んで送って、狩りに出かけた。


 →全文は 【かきくらす】の記事をご覧ください。

『伊勢物語』九・東下り

駿河なる宇津の山べのうつつにも夢にも人にあはぬなりけり

『伊勢物語』九・東下り
現代語訳

駿河にある宇津の山のように、現実でも夢でもあの人に会えないことだ。


 →この前後の部分は 【すずろなり】の記事をご覧ください。

『古今集』恋三656小野小町

うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人めをもると見るがわびしさ

『古今集』恋三656小野小町
現代語訳

現実では、そういうこともあろうが、夢の中でさえ、私は他人の目を気にしている。こんな夢を見るわびしさよ。

『古今集』恋三658小野小町

夢路には足もやすめず通へどもうつつにひとめ見しごとはあらず

『古今集』恋三658小野小町
現代語訳

夢の中の通り路では、足も休めずにあなたのもとへ通いますが、現実に一目お会いした時には、そうもいきません。

『建礼門院右京大夫集』大原まうで

女院、大原におはしますとばかりは聞き参らすれど、さるべき人に知られでは、參るべきやうもなかりしを、深き心をしるべにて、わりなくて尋ね参るに、やうやう近づくままに、山道のけしきより、まづ涙は先立ちて言ふ方なきに、御庵のさま、御住まひ、ことがら、すべて目も当てられず。昔の御有様見参らせざらむだに、大方のことがら、いかがこともなのめならむ。まして、夢うつつとも言ふ方なし。


秋深き山おろし、近き梢に響きあひて、懸樋の水のおとづれ、鹿の声、虫の音、いづくものことなれど、例なき悲しさなり。都ぞ春の錦を裁ち重ねて候ひし人々、六十余人ありしかど、見忘るるさまに衰へはてたる墨染の姿して、僅かに三四人ばかりぞ候はるる。その人々にも、「さてもや」とばかりぞ、我も人も言ひ出でたりし、むせぶ涙におぼほれて、すべて言も続けられず


今や夢昔や夢とまよはれていかに思へどうつつとぞなき

『建礼門院右京大夫集』大原まうで
現代語訳

女院(建礼門院徳子)が、大原にいらっしゃるということだけはお聞きしていたが、しかるべき人がいなくては、お訪ねする方法もなかったのだが、深い心を頼りにして、無理やり訪ね申し上げたところ、だんだん近づくにつれて、山道の様子から、まず涙が先に流れて言いようもなくて、御庵の様子、お住まい、有様、すべて目も当てられない。昔の御有様を拝見したことのない者でさえ、大体の有様を、どうして普通のことだと思えるだろうか。まして(私には)夢とも現実とも言いようがない。


秋も深まった山おろしの風の音が、近くの梢に響き合って、懸樋の水の流れる音、鹿の声、虫の音など、どこも格別すぐれているが、類のない悲しさに感じられる。都では、華やかな美しい着物を着重ねてお仕えしていた女房たちが、六十人余りいたけれども、(大原寂光院の庵では)目にもつかないほど地味な、衰え果てた尼の姿になって、わずかに三、四人が(建礼門院徳子に)お仕えするばかりである。その人たちとも、「ほんとにまあ」とだけ、私も相手も言い出したものの、むせび泣く涙に溺れて、最後まで言葉を続けることもできずに。


今が夢なのか、昔が夢なのかと、思い迷われて、どう考えても、現実という気がしません。

正気

『枕草子』五月の御精進のほど

卯の花のいみじう咲きたるを折りて、車の簾、かたはらなどにさしあまりて、おそひ・棟などに、長き枝を葺きたるやうにさしたれば、ただ卯の花の垣根を牛に懸けたるとぞ見ゆる。供なる男どももいみじう笑ひつつ、「ここまだし、ここまだし」とさしあへり。


人もあはなむと思ふに、更に、あやしき法師、下衆のいふかひなきのみ、たまさかに見ゆるに、いと口惜しくて、近く来ぬれど、「いとかくてやまむは。この車のありさまぞ、人に語らせてこそやまめ」とて、一条殿の程にとどめて、「侍従殿やおはします。ほととぎすの声聞きて、今なむ帰る」と言はせたる、使「『只今まゐる。しばし、あが君』となむのたまへる。侍に間拡げておはしつる、急ぎ立ちて、指貫奉りつ」といふ。


「待つべきにもあらず」とて、走らせて、土御門ざまへやるに、いつの間にか装束きつらむ、帯は道のままにゆひて、「しばし、しばし」と追ひ来る。供に侍三四人ばかり、ものもはかで走るめり。「とく遣れ」と、いとどいそがして、土御門に行き着きぬるにぞ、あへぎまどひておはして、この車のさまをいみじう笑ひ給ふ。
うつつの人の乗りたるとなむ、さらに見えぬ。猶下りて、見よ」など笑ひ給へば、供に走りつる人どもも興じ笑ふ。

『枕草子』五月の御精進のほど
現代語訳

卯の花が、たいそう多く咲いてるのを手折って、牛車の簾や側面などに挿して、余ったのを屋根や棟などに長い枝を葺いたように挿したところ、卯の花の垣根を牛に掛けたように見える。お供の男たちもたいそう笑いながら、「ここがまだだ、ここがまだだ」と挿し合っていた。


人と会わないようだと思っていると、まったく(会わないで)、卑しい僧侶や、とりたてて言うほどでもない身分の低い者ばかりを、まれに見るくらいなので、とても残念で、近くまで帰って来たが、「このように終わってしまうのか。この車の様子を人に語らせてから帰ろう」と、一条殿のあたりに停めて、「侍従殿(藤原公信)はいらっしゃいますか。ホトトギスの声を聞いて、今帰るところです」と伝えさせたところ、使者が「『ただ今、参ります。しばしお待ちを、我が君』とおっしゃる。侍の詰め所で、くだけた格好でおりましたが、急いで立って、指貫をつけます」と言う。


「待つまでもない」と、車を走らせて、土御門の方に向かうと、いつの間に着物を着たのか、帯は道すがら結びながら、「待って、待って」と追いかけて来る。お供の侍三、四人ほども、履き物も履かずに走って来るようだ。「早く行きなさい」と言って、たいそう急がせて土御門に行き着くと、息を切らして喘いでいらっしゃって、この車の様子をひどくお笑いになる。
正気の人が乗っているとは、まったく思われない。もっと下りて見なさい」などと、お笑いになり、いっしょに走って来た人たちも面白がって笑う。

『枕草子』関白殿、二月二十一日に

からうじて過ぎ行きたれば、車のもとに、はづかしげに清げなる御さまどもして、うち笑みて見給ふもうつつならず。

関白殿、二月二十一日に
現代語訳

なんとかして(御簾の前を)通り過ぎて行って、車の傍で、(兄弟お二方が)こちらも気後れするくらい美しいお姿で、微笑んでご覧になるのも正気ではいられない。


 →この前後の部分は 【そこら】の記事をご覧ください。

誰かに話したくなる古典知識

『建礼門院右京大夫集』大原まうで

うつつとぞなき

『建礼門院右京大夫集』240 大原まうででは、かつて平徳子に女房として仕えていた建礼門院右京大夫が、大原の寂光院の建礼門院徳子(平徳子)を訪ねます。徳子は、平清盛の娘で安徳天皇の母ですから、かつては、美しく着飾った大勢の女房たちに囲まれて暮らしていました。

平家滅亡の後、生き残った徳子は、出家して尼となり、わずかに三、四人のお供の人たちとひっそりと暮らしています。建礼門院右京大夫は、昔いっしょにお仕えしていた女房たちに会いますが、互いに涙にむせってしまい、言葉が出ません。

建礼門院右京大夫は、「今や夢昔や夢とまよはれていかに思へどうつつとぞなき」今が夢なのか、昔が夢なのかと、思い迷われて、どう考えても、現実という気がしないと、数奇な運命を生き抜いた思いを和歌に詠みます。

 →『平家物語』十一・先帝身投は 【とも】の記事をご覧ください。

平徳子の略系図

キャラ紹介

現実の友だち

うつつ【現】

現実。 正気。

362人目《手紙友だち》【せうそこ】昔、そこにはありと聞けど、消息をだにいふべくもあらぬ女のあたりを思ひける。

昔、そこにはいると聞くが、便りさえすることができない女のことを(男が)思っていた。

『伊勢物語』七三・月のうちの桂

せうそこ【消息】

便り
取りつぎ

解説 <名詞>
  • 手紙。便り。伝言。
  • 訪問すること。取りつぎを頼むこと。
<関連語>
▶ふみ【文】名詞→①書物。文書。②手紙。③漢詩。④学問。とくに漢学。
▶せうそこがる【消息がる】動詞→手紙をやり取りしようと思う。
▶せうそこぶみ【消息文】名詞→手紙に書かれた文。手紙の文章。
▶て【手】名詞→①筆跡。書風。文字。②技術。わざ。③奏法。楽曲。④手段。方法。⑤手下。⑥傷。
▶し【詩】名詞→漢詩。

便り

『伊勢物語』七三・月のうちの桂

昔、そこにはありと聞けど、せうそこをだにいふべくもあらぬ女のあたりを思ひける。


目には見て手にはとられぬ月のうちの桂のごとき君にぞありける

『伊勢物語』七三・月のうちの桂
現代語訳

昔、そこにはいると聞くが、便りさえすることができない女のことを(男が)思っていた。


目には見えるが手には取れない(中国の伝説で)月の中にあるというカツラの木のようなあなたですよ。

取りつぎ

『源氏物語』若紫

秋の末つ方、いともの心細くて嘆きたまふ。月のをかしき夜、忍びたる所にからうして思ひ立ちたまへるを、時雨めいてうちそそく。おはする所は六条京極わたりにて、内裏よりなれば、すこしほど遠き心地するに、荒れたる家の木立いともの古りて木暗く見えたるあり。例の御供に離れぬ惟光なむ、


「故按察使大納言の家にはべりて、もののたよりにとぶらひてはべりしかば、かの尼上、いたう弱りたまひにたれば、何ごともおぼえず、となむ申してはべりし」と聞こゆれば、


「あはれのことや。とぶらふべかりけるを。などか、さなむとものせざりし。入りて、せうそこせよ」とのたまへば、人入れて案内せさす。

『源氏物語』若紫
現代語訳

秋の終わり頃、(光源氏は)とても気持ちが沈んで悲嘆なさる。月の美しい夜に、お忍びの家にやっとのことでお思い立ちになると、小雨のようで、さっと降る。おいでになる所は六条京極辺りで、内裏からなので、少し遠い感じがしていると、荒れた邸で木立がとても年代を経て鬱蒼と見えるのがある。いつものお供で離れない惟光が、


「故按察大納言の家でございまして、用事のついでに立ち寄りましたところ、あの尼上(若紫の祖母)は、ひどくご衰弱されていらっしゃるので、どうして良いか分からないでいる、と申しておりました」と申し上げると、


「お気の毒なことだなあ。お見舞いすべきであったのに。どうして、そうだと教えなかったのか。邸の中に入って、取りつぎを頼め」と(光源氏が)おっしゃった。

関連語

ふみ【文】▶手紙

『枕草子』胸つぶるるもの

胸つぶるるもの。競馬見る。元結よる。親などの心地あしとて、例ならぬけしきなる。まして、世の中などさわがしと聞こゆる頃は、よろづの事おぼえず。また、もの言はぬちごの泣き入りて、乳も飲まず、乳母のいだくにもやまで久しき。


例の所ならぬ所にて、ことにまたいちじるからぬ人の声聞きつけたるはことわり、こと人などのそのうへなどいふにも、まづこそつぶるれ。いみじうにくき人の来たるにも、またつぶる。あやしくつぶれがちなるものは、胸こそあれ。


よべ来はじめたる人の、今朝ののおそきは、人のためにさへつぶる。

『枕草子』胸つぶるるもの
現代語訳

胸がどきどきするもの。競馬を見物すること。元結を撚ること。親などが気分が悪いと、ふだんとは違う様子の時。ましてや、流行病で世間が騒いでいる話が聞こえてくる時などは、他には何も考えられない。それから、まだ話ができない赤ん坊が泣き続けて、乳も飲まず、乳母が抱いてもずっと泣き止まない時。


いつもとは違う場所で、まだ関係がはっきりと表立ってはいない人の声を聞いた時にどきりとするのは当然だが、他の人がその人の噂話をしていても、まずどきどきする。それに、たいそう憎らしい人が来た時にも、またどきりとする。不思議とどきどきしてしまうのが、胸というものだ。


昨晩初めて通って来た人からの、今朝送ってくるはずの手紙が遅いのは、他人のことであってさえどきどきする。

せうそこがる【消息がる】▶手紙をやり取りしようと思う

『源氏物語』玉鬘

「我さへうち捨てたてまつりて、いかなるさまにはふれたまはむとすらむ。あやしき所に生ひ出でたまふも、かたじけなく思ひきこゆれど、いつしかも京に率てたてまつりて、さるべき人にも知らせたてまつりて、御宿世にまかせて見たてまつらむにも、都は広き所なれば、いと心やすかるべしと、思ひいそぎつるを、ここながら命堪へずなりぬること」 と、うしろめたがる。男子三人あるに、


「ただこの姫君、京に率てたてまつるべきことを思へ。わが身の孝をば、な思ひそ」 となむ言ひ置きける。


その人の御子とは、館の人にも知らせず、ただ「孫のかしづくべきゆゑある」とぞ言ひなしければ、人に見せず、限りなくかしづききこゆるほどに、にはかに亡せぬれば、あはれに心細くて、ただ京の出で立ちをすれど、この少弐の仲悪しかりける国の人多くなどして、とざまかうざまに、懼ぢ憚りて、われにもあらで年を過ぐすに、この君、ねびととのひたまふままに、母君よりもまさりてきよらに、父大臣の筋さへ加はればにや、品高くうつくしげなり。心ばせおほどかにあらまほしうものしたまふ。


聞きついつつ、好いたる田舎人ども、心かけ消息がる、いと多かり。ゆゆしくめざましくおぼゆれば、誰も誰も聞き入れず。

『源氏物語』玉鬘
現代語訳

「自分までがお見捨て申しては、どんなに落ちぶれなさるだろう。辺鄙な田舎で(玉鬘が)成長なさるのも、恐れ多いことと存じているが、早く都にお連れ申して、しかるべき方にもお知らせ申し上げて、ご運勢にお任せ申し上げるにも、都は広い所だから、とても安心であろうと、準備していたが、自分はここで命が果ててしまいそうなことだ」 と、(少弍は)心配している。男の子が三人いるので、


「ただこの姫君(玉鬘)を、都へお連れ申し上げることだけを考えなさい。私の供養のことなど、考えますな」
と遺言していたのであった。


どなたのお子であるとは、館の人たちにも知らせず、ひたすら「孫で大切にしなければならない訳のある子だ」とだけ言いつくろっていたので、誰にも見せないで、大切にお世話申しているうちに、(少弍が)急に亡くなってしまったので、悲しく心細くて、ひたすら都へ出立しようとしたが、亡くなった少弍と仲が悪かった地元の人たちが多くいて、何やかやと、恐ろしく気遅れしていて、不本意にも年月を過ごしているうちに、この君(玉鬘)は、成人して立派になられていくにつれて、母君(夕顔)よりも勝れて美しく、父大臣のお血筋まで引いているためであろか、上品でかわいらしげである。気立てもおっとりとしていて申し分なくいらっしゃる。


(玉鬘の噂を)聞きつけては、色好みの田舎の者たちで(玉鬘に)思いを寄せ手紙をやり取りしようと思う者が、たいそう多くいる。あまりにひどく思われるので、誰もみな相手にしない。

誰かに話したくなる古典知識

『伊勢物語』七三・月のうちの桂

カツラの木

『伊勢物語』七三・ 月のうちの桂では、便りさえできないような手の届かない女性を、月に生えているという伝説のカツラの木にたとえています。

カツラは、現在でも公園などで見かける落葉樹です。小ぶりの葉がハートの形になっていて、落ち葉が湿った時など、時期によっては、とてもよい香りが漂うことがあります。放任すると大きく育ち、剪定しないと20メートル以上にまで育つことがあります。

「月の桂」は、中国の伝説で、月に生えるという巨大な木のことです。中国では、常緑樹のモクセイ(木犀)の類とされますが、日本では日本原産のカツラとされました。

『伊勢物語』七三の「目には見て」の和歌は、『万葉集』の歌がもとになっています。

『万葉集』巻四632湯原王

目には見て手には取らえぬ月の内の楓(かつら)のごとき妹をいかにせむ

『万葉集』巻四632湯原王

(目には見えるけれど手には取ることができない、月の桂のような貴女をどうしたらいいのだろうか)

キャラ紹介

手紙友だち

せうそこ【消息】

便り。 取りつぎ。

361人目《雲の上の友だち》【くもゐ】限りなき雲居の他所に別るとも人を心にをくらさむやは

この上もなく遠い所へ別れて行っても、あなたを私の心から取り残して行くことがあるだろうか。いや、ありはしない。

『古今集』離別367

くもゐ【雲居・雲井】



はるか彼方
宮中

解説

<名詞>

  • 空。空の果て。雲のある所。
  • 雲。
  • 遠く離れた所。はるか彼方。
  • 皇居。宮中。

<関連語>
▶くもゐのよそ【雲居の他所】→遠い所。はるか遠く隔たった所。
▶だいり【内裏】→①天皇の住む御殿。皇居。②天皇。③内裏雛の略。
▶うち【内】名詞→①内側。②宮中。内裏。③天皇。④家の中。⑤夫または妻。⑥国内。⑦限られた時間。⑧心の中。⑨以下。以内。⑩仏教
▶うへ【上】名詞→①上。②表面。③宮中。内裏。とくに清涼殿。④天皇・上皇の尊称。⑤貴人の妻、貴人の女性への敬称。(「~の上」で)
▶きみ【君】名詞→①天皇。②主君。③貴人。④(「~の君」で)尊敬を表す。《人称代名詞》あなた。
▶ひじり【聖】名詞→①天皇。②聖人。③高僧。④修行僧。
▶との【殿】名詞→①貴人の家。②貴人の男性の尊称。
▶せいりゃうでん【清涼殿】名詞→平安京内裏の殿舎。天皇の御座所。
▶てんじゃう【殿上】名詞→①清涼殿の殿上の間。②清涼殿に昇ることを許されること。昇殿。③殿上人の略。
▶てんじゃうびと【殿上人】名詞→①四位、五位で清涼殿の殿上の間に昇ることを許された人。蔵人は六位でも許された。
▶てんじゃうわらは【殿上童】名詞→公卿の子弟で、元服以前に作法を見習うため、殿上に出仕している少年。
▶くぎゃう【公卿】名詞→朝廷に仕える高位の役人の総称。

空の果て

『万葉集』巻一52

吉野の山は影面の大御門ゆくもゐにぞ遠くありける

『万葉集』巻一52
現代語訳

吉野の山は南面の大きな御門から空の果てに遠くあるころだ。

わたの原こぎいでてみれば 久かたのくもゐにまがふ沖つ白波

『詞花集』雑下382
『百人一首』76 法性寺入道前関白太政大臣
現代語訳

大海原に船を漕ぎ出して眺めると、はるか彼方にと見分けがつかないような、海に立つ白い波。

雲のある彼方

『万葉集』巻七1271

遠くありてくもゐに見ゆる妹が家に早く至らむ歩め黒駒

『万葉集』巻七1271
現代語訳

遠くにあるため、雲のある彼方に見える妻の家に、早く行きたい。早く歩け、黒馬よ。

宮中

『平家物語』大原御幸

女院の御製とおぼしくて、


思ひきや深山の奥に住まひしてくもゐの月を他所に見むとは

『平家物語』大原御幸
現代語訳

建礼門院(平清盛の娘、徳子)がお詠みになられた御歌と思われて、


かつて思ったであろうか。このような山奥に住んで、宮中で見た空の月を、今の自分とは無関係なものとして見ようとは。

関連語

くもゐのよそ【雲居の他所】▶遠い所

『古今集』離別367

限りなきくもゐのよそに別るとも人を心にをくらさむやは

『古今集』離別367
現代語訳

この上もなく遠い所へ別れて行っても、あなたを私の心から取り残して行くことがあるだろうか。いや、ありはしない。

誰かに話したくなる古典知識

『平家物語』大原御幸

平徳子

『平家物語』 大原御幸では、建礼門院となった平徳子が大原寂光院で後白河法皇と再会する場面が描かれます。平徳子は、平清盛の娘で、高倉天皇のもとに入内し、安徳天皇の母となりました。徳子の母、時子と後白河法皇に入内したの滋子は、姉妹なので、滋子と徳子は、叔母と姪の関係に当たります。

キャラ紹介

雲の上の友だち

くもゐ【雲居・雲井】

空。 雲。 はるか彼方。 宮中。